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ETV 「裁かれなかった毒ガス作戦」を観て  その2 [日本史]

この番組では、まず、当時国際法で禁じられていた毒ガスを密かに使用していた状況などを現地取材や元兵士、亡くなった元兵士の日誌などから探っていくというものでした。

戦後、米軍が集めた当時の資料には「煙を混ぜてガスを使用したことを隠せ」など、具体的なことが指示されており、おおっぴらに使っていなかったことがこれでわかります。 

使われた毒ガスは主に通称「あか弾」、「きい弾」(マスタード爆弾、広島の大久野島の工場で製造)でした。漢水渡河作戦ではこの「あか弾」が使われたようで、この作戦に参加した元兵士の日誌には事細かに当時の様子が書いてありました。但し、瓦斯(ガス)の字の部分は墨で消してありました(透けて読めますが)この日誌を書いた人の息子さんは、父親から毒ガスの件については全く聞いたことがなかったそうです。

また、同じ「あか弾」を使った作戦が、河北省北坦村の地下道で行われ、ガスを入れた後に入り口を布団(!)で密閉したそうです。この作戦に参加していた元兵士が匿名、後ろ向きでインタビューに答えていました。匿名でいいから、こうやって歴史的証言をしてくれる人は貴重だと思います。

現地では毎年慰霊祭が行われ、今でも遺族などの傷は癒えていません。

そして、宜昌での「きい弾」(イペリット)の使用、1000発。

番組ではこの3件を扱っていて、私の行った「鍾乳洞」は出てきませんでした。なので、前話の真相はまだ闇の中です…。

さて、この番組の主題である「どうして東京裁判で毒ガス使用が免責されたのか?」ということですが、それは「アメリカが将来、化学兵器を使いたかったから」ということです。

実はアメリカは日本攻撃向けにある化学兵器を開発済みでした。これがのち、ベトナム戦争で使われた枯葉剤です。

現在でも中国東北部では遺棄された毒ガスによって、傷ついている人がたくさんいます。日本と中国で協力してその回収作業をしているようですが、もっと早くにやっておくべきだったのでは…。

化学兵器ではないですが、カンボジアでは地雷を踏んで子供たちなどたくさんの人が足を失ったりしています。地雷を埋めたポル・ポト元兵士が、これを責任持って回収すべきでしょう。

そして、先程ヤフーニュースにこんな記事が…。

「中国人民解放軍、米国防総省ネットワークに不正侵入か」

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/china_internet/?1188910669

あれから60年。眠れる獅子だった中国が起き出して、アメリカに対抗しつつあります。

そのアメリカ軍の基地が点在する我が日本。

これからこの世界はいったいどうなってしまうのだろう…、考えたくありません。

 


ETV  「裁かれなかった毒ガス作戦」 を観て…その1 [日本史]

以前、中国のとある鍾乳洞に現地の友人と入ったことがある。入り口から出口までは歩いて30分かかる大きめな鍾乳洞で、入り口は3階建ての家がすっぽり入るくらい大きく、出口は人が一人通るくらいの狭い出口だった。

ひと通り鍾乳洞を見学して出てくると、友人が一言、

「何も感じなかった?」

と訊いてくる。何にも、と答えると、

「ここで800人近くの人が殺された」

ですと!

「誰がやったんだ?」

「おたくの国の軍が…」

(汗)なんで最初に教えてくれなかったの?と問い詰めると、「先に言うと怖がって入らなかったかもしれないから」ですと。たしかに…。

この鍾乳洞のある山上へ登ってみると、はたして、その亡くなった兵士たちの墓があり、墓石には「毒ガス攻撃で中にいた800人余りの兵士が死亡」と彫ってあった。生き残った人は一人もいないということ。じゃ、なんで毒ガスを使ったってわかるんだろう?

帰国後、この作戦に参加していた元将校の書いた本を見つけ、この件について調べてみる。すると、毒ガスのドの字もなく、火炎放射器で攻撃、とのみ書いてあった。

当時血気盛んだった私はその元将校に取材を試みるが、電話のみOKということで、電話取材になった。

本の内容や現在の現地の様子など、なごやかに話を進めていき、最後に核心の毒ガス使用についてなにげに訊いてみると、今まで懐かしそうに話をしていた彼が、急に黙ってしまった。そして、

「本に書いてある通りです。それ以外何もありません」

小さな声で言うと、急に咳き込んでしまった。

つまり、彼は自分たちは当時国際法で禁止されていた「毒ガス」を使用せず、「火炎放射器」を使用したと主張している…。小さな声で…。

再度、その鍾乳洞のある街へ行く機会があり、現地の友人の高校の先生にこの作戦のことについて訊いてみる。生存者ゼロということだけど、現場や死体の状況をみる限り、毒ガス使用は間違いないだろう、ということだった。

この手の戦争の取材は、被害者側、加害者側と双方の取材が必要となるので、心身ともひどく疲れる。そして、双方の古傷をえぐることにもなる。それに、毒ガスを使ったかどうか確認したとしても、死んだ人が帰ってくるわけでもないし、私はもうこれ以上この件を調べるのを放棄、ずっと心の底にしまっていた。

そして、昨日NHKで「裁かれなかった毒ガス作戦」という番組を観て、このことを思い出してしまったわけで…。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html

つづく…


私は源氏派なのだが… [日本史]

大河ドラマを観るのはものすごい久しぶりだ。だって前回観たのは「おんな太閤記」だから(爆)
なんだかんだと日曜の8時は忙しく、疎遠になっていたんですわ。それに好きな時代のドラマをなかなかやらなかったのも原因かも。飛鳥時代をやるわけもなく、奈良もなし、平安はちょびっと…。今放映中の「義経」は平安~鎌倉なのでぴったしビンゴなのですわ。

子供の頃から「うちは清和源氏の流れ…」なんとかと言われて育ち(たしかに家紋がなんとなく同じ)、近所にある史跡はほとんど源頼朝、北条政子関連。休日に遊びに行くのは鎌倉!とそんな源氏どっぷりな私が、今回平家に妙に感情移入していることに気がついた。
西へ落ち延びる平家を見ているとなんか胸のあたりがチクっとする。もうすぐ壇ノ浦かあ、と思えば背筋がゾクゾクっとしてくる。
来週かさ来週の放送が壇ノ浦の合戦なのでしょう。たぶん涙無くしては観れないので、タオルを用意します。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす
おごれる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し
たけきものもついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ…

小学5年生の時に覚えた一文。まだなにげに覚えている。



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